로그인***「すっかり遅くなっちゃったけど、大丈夫?」「隣に千秋がいれば問題ない、大丈夫だ」 これからずっと一緒にいられるというのに俺たちは手を繋いだまま、実家に置いてある車を目指して歩いていた。通りに誰かいたとしても、繋いだこの手を離さないだろう。「穂高さん、ありがとね。いろんな気持ちにさせちゃったけど、俺の家族に逢ってくれて嬉しい……」「ふっ、千秋の心が、キレイな理由が分かってなによりだった。さて、これからどうするつもりなんだい?」 隣にいる穂高さんを見上げると、傾きかけた太陽が栗色の髪に反射して金色に見えた。それは親子の証――イタリアにいる本当のお父さんと、同じ髪色なんだよな。 残念ながら俺には、そういう物はない。紺野のお父さんとの結びつきは、戸籍上だけ。温度(ぬくもり)を感じることができない紙の結びつきのみで、穂高さんの髪とはえらい違いだ。「ハハッ。どうすればいいのか、サッパリ分からないや」「分からないと言いつつ、随分と嬉しそうな顔をしているね」「嬉しいよ、だって……。穂高さんとこれから一緒に暮らすということは、家族になるってことでしょ?」 大きな影が目の前に差し込む。実家にある門扉がそこにあった。「……千秋と家族になる」 穂高さんは口元に笑みを浮かべたまま噛みしめるように呟き、瞳を揺らめかせる。「血の繋がりのない俺たちが家族になれるんだから、余計なことをゴチャゴチャ考えなくてもいいのかなって思うんだ」「そういうものだろうか」「だって穂高さんと藤田さんは血の繋がりがないのに、俺から見てもしっかりと兄弟しているよ。羨ましいくらいにね」 ばあやが穂高さんに答えを言わないようにした理由は、そこにあるんだろうなって考えてみた。血の繋がりのない家族の中で、彼なりに必死に愛情を注いでいる話を、俺は見聞きしているのだから。「穂高さんと同じように、俺もお父さんに愛情を与えてみたい。どうすればそれを与えられるのかは分からないけれど、頑張ってみたいって思ってる」「だったら競争しようか、千秋」 右手をピストルの形にするとそれを空に向けながら、楽しげに提案した。「競争って、なに?」「千秋のお父さんは、俺にとってもお父さんになる。正直なところ色々やってしまったハンデはあるが、息子になりたいという気持ちは君に負けないつもりだ」 笑いながらバンッ
***「実はばあやには、穂高さんと付き合ってることを暴露していて……」 施設の廊下を歩きながら、穂高さんにばあやのことについて説明をしていた。 大学進学に反対された俺を応援すべく、両親の代わりに後見人となってくれたお蔭で、大学に通えた上にアパートが借りることができた。 すっごくお世話になっているからこそ隠し事をしたくなかった俺は、ばあやに穂高さんとの付き合いを早いうちに告白していたのだ。 同性と付き合っているという話を聞き、最初は驚いた表情を浮かべていたばあやだったけれど、写真を見せたら妙に納得してくれたっけ。『千秋、ずっと仲良くして戴けるといいわね』 そう言って笑いながら応援してくれたことが、とても嬉しかった。「勿論、反対されただろう?」「それが……そうでもなくて」 微妙な表情で歩いていたら、ばあやのいる個室前に到着したので、軽快に扉をノックした。するといきなり音もなく扉が開いて、ニコニコした可愛らしい皺くちゃの顔が出迎えてくれた。「待っていたわよ、千秋。それと穂高くん!」 80過ぎの動きとは思えない早さで俺たちの腕を素早く掴み、部屋の中に引き入れる。「あ、ぅ……はじめましてっ、おばあさん!」 強引に引っ張られながらも、何とか挨拶をしようと必死になる穂高さんの顔が面白い。両親の対応との違いに、さぞかしビックリしているだろう。「さぁさ、これに座ってちょうだい。今、お茶を淹れますからね」「いいよ、ばあや。あまり長居はできないんだ、ごめんね」「そうなの?」 何故か俺じゃなく、穂高さんの方を見る。おじいさんに代わり、少しの間だけど会社を切り盛りした関係で、人柄を見切ることのできるばあやは、弱い部分を瞬時に嗅ぎつけてしまうんだ。 「……少しくらいなら大丈夫かと」 弱ったなぁという表情を、ありありと浮かべて答える穂高さんに、俺は椅子に腰かけながらキッと睨んでやった。「ダメだよ、穂高さん。仕事が待っているんだからね。船長さんが困ってしまうだろ!」 ここから長時間をかけて車を運転し、島に戻ってすぐさま漁に行くことになっている穂高さんの躰を考えたら、少しでも余裕を持って行動したいと考えた。 しかしながら、好意的な態度をとる恋人の家族と対面したのはやっぱり嬉しいだろうし、少しでも話をしたいというのが穂高さんの心情かもしれないな。「千秋
*** 襖を開けると妙に冴えた空気が、客間の中に広がっていた。そこを穂高さんとふたり、手を繋いだまま中に入る。 襖に手をかけた瞬間、握りしめている手を解かれると思ったのに、ぎゅっと力を入れてくれた。まるで穂高さんの手のひらから、勇気を貰った気がして嬉しかった。お蔭で、勢いよく襖を開けることができたんだ。「お久しぶりです。お父さん、お母さん」 どちらともなく手を離して用意されている座布団に座らず、その場に正座して目の前にいる両親を見たら、唖然とした表情を浮かべていた。(――この状況で、驚かないほうがおかしいだろうな)「この方が俺とお付き合いしている、井上穂高さんです」「お初にお目にかかります。千秋さんとお付き合いさせて戴いている井上と申します。職業は漁師で、現在は北海道の――」「ちょっと待ちなさい! 何をふざけた真似をしているんだ? ウチの会社に入りたくないからと、こんなことをしてまで反抗するなんて、何を考えているんだっ」 烈火のごとく怒りだすお父さんに、隣にいるお母さんは小さなため息をついていた。「お父さん、落ち着いて話を聞いて下さい。ふざけてなんていません、俺たちは本気です。真剣にお付き合いしているんですから」 膝に置いてる両手に拳を作り、負けないような大きな声を出して応戦する。「千秋、しょうがないよ。誰が見たって俺たちの付き合いは、ふざけたものにしか見えないのだからね」「でも……」 お父さんや俺とは違い、穂高さんの告げた言葉はとても落ち着いたものだった。切なげに瞳を揺らしながら俺を見ている視線が、痛々しくて堪らなくなってしまう。「紺野さんがお怒りになるのは、当然のことだと思います。大切な息子さんが俺のような同性の男と付き合うこと自体、許されないものでしょうし。だけど千秋さんを叱らないで下さい。きっかけは、俺が彼を騙したことから始まったのですから」「穂高さん、何を言って!?」「だって、そうだろう? あのとき俺がまんまと君を騙して車に乗せなければ、客と店員という関係は崩れなかったと思うのだが」「そ、それはそうかもしれないけど、でも……」 少しだけ柔らかく微笑みながら俺を見、ふいっと顔を逸らして目の前にいる両親を見た穂高さん。 この顔は――この表情は忘れやしない……。降りしきる雨の中、別れを告げたとき最後に見せてくれた、穂高
*** 千秋の案内で、駐車場に無事停車させる。 エンジンを切り軽くため息を吐きつつ、ゆっくりとした動作で車から降り立ち、少し離れたところにある洋館に目をやった。そびえ立つ建物の大きさに飲み込まれないように、ぐっと奥歯を噛み締める。(とうとう、ここまで来てしまったんだな。もう逃げるワケにはいかない――)「穂高さん、こっち」「ああ、今行く」 心の中に気合を入れ直して、歩き出した千秋の隣に並んだ。 物珍しさから手入れのいき届いた中庭を見ながら歩いていると、袖をぐいっと引っ張られる。「ん? どうしたんだい」「俺たちは招かざる客だから、こっちから出入りすることになってるんだ。ごめんね」 寂しげに微笑んで、大きな扉がある玄関脇の小道に案内してくれた。「千秋はいつも、そこから出入りをしているのかい?」「大学に通い出してからね。最初はすっごく切なく感じていたんだけど、それが当たり前になったら、へっちゃらになっちゃったよ。それに、いいこともあるし」 慣れた手つきで質素な感じの扉を開け、顔だけ突っ込む千秋。この扉は、勝手口みたいなものなんだろうか?「ただいま~! 英恵(はなえ)さん、いる?」 言った途端に千秋が誰かによって引きずり込まれる様に、建物の中へと消えてしまった。待つこと10秒程度で直ぐに千秋が顔を出し、俺の腕を引っ張ってくれる。「ゴメンね、穂高さん。お手伝いさんに抱き抱きされちゃった。どうぞ中に入って」 お手伝いさんが羨ましい。この緊張感を何とかすべく、千秋を抱き抱きしたい。とは言えない。「お邪魔します……」 本音をぐっと飲みこんで中に入ったら、小さくて丸っこいモノに体当たりするようにぶつかってしまった。「失礼致しました、お怪我はございませんでしたか?」 慌てて頭を下げて小さい人を見下ろすと、タオルでほっかむりをしている可愛らしい妙齢のご婦人が、俺のことをしげしげと見上げていた。 その様子が大好きなクッキーのマスコットになっている、外国のおばさんにソックリでつい――。「ステラおばさんっ……じゃなく、その、失礼致しました」 慌てて謝ったものの初めて逢った感じがしないせいで、笑いが止らなかった。丸いメガネに丸っこい感じの体格が、本当にソックリだ。見ているだけで癒されてしまう。「千秋さん、こちらの方はどなたなの? さっきから私の顔
***(話し合わなければいけないと思ったのに半年以上の間、何をやっていたんだ俺は……) 農協の内定が決まってからといって生活が一変するワケじゃなかったけど、夏休みや冬休みを利用して島に赴き、バイトと称して職場で仕事をさせてもらったりした。 それ以外の時間があったというのに、穂高さんと顔を突き合わせると、ムダにイチャイチャばかりしちゃって大事な話をせずに、互いの近況報告みたいなものだけで終わってしまい、あっという間に時が過ぎ去ってしまった。 そして年が明けて3月になり、島にある穂高さんの家に荷物を送ってアパートを引き払った。その足で実家に向かうべく、穂高さんの車に付いてるナビに住所を打ち込みながら重たい口を開いてみる。「あのね、穂高さん。ずっと聞きたかったことがあるんだけど」 案内開始のボタンを押したら、スムーズに車を発進させた。「なんだい?」 ナビの案内通りに左車線に入ってウインカーを点灯させると、ゆっくり左折しながら訊ねてくれる。ここからは暫く道なりに進むので、話をするのに支障がないハズだ。「俺の実家のこと。聞きたそうな素振りも見せなかったから、もしかして知っていたりするのかなって」 自分の考えを交えながら告げてみると、チラッと横目で顔を見てから印象的な闇色の瞳を細めた。「まったく。君には隠し事ができないね。実家については、偶然に知ってしまったという感じかな、義兄さん経由で」「藤田さん経由で?」「ん……。あの人、自分に関わりのある人間について徹底的に調べる人だから。仕事で使えそうな人をピックアップして、まとめているらしい。その関係で、千秋の経歴もしっかり調べたらしいよ」 言いながら膝に置いていた右手に、穂高さんの左手が重ねられる。いつも通りの冷たい手のひらに、反対の手をそっと重ねてぬくもりを分けてあげた。「穂高さんは俺の経歴を知って、どう思いました?」「そうだな。一番に思ったことは、千秋は恵まれた環境でとても大切に育てられたんだね。だから、心が清らかなんだなぁと思ったんだ」 重ねている左手に力を入れて、俺の右手を握り締めてくれる。「穂高さんが思うほど、清らかじゃないと思うんだけどな」「そんなことはない。一緒にいるだけで癒されているよ」(いやいや、それは惚れた欲目というか何というか――) あたふたする俺を尻目に、穂高さんは
就職試験から1ヶ月後、内定の通知がアパートに届いた。 大判の封書を開けて、書類の中にある『内定』という文字をじっと見つめる。これから先、事件や何か不測の事態が起こらない限り、内定が取り消されることはないだろう。「……お父さんが裏から手を回さなければ、きっと大丈夫なハズなんだ」 俺が小さい頃、休みの日があると自分の膝に乗せて、会社の出来事を面白い物語仕立てで、延々と楽しげに聞かせてくれた。 小さな俺には意味の分からない単語が時々出てきたので、はてなマークを頭に散ばせていたけど、それでも楽しそうに語ってくれるお父さんの姿が見られて、とても嬉しかったという思い出が胸の中に刻まれている。 だからこそ小さいうちから、父さんの会社で働きたいと強く思っていた。 しかしながら大きくなっていくうちに、いろんな方面に興味を持った結果、夢にズレが生じてしまったんだ。 島で働くと言ったときに見せたお父さんの顔が、とても悲しそうに感じたのは気のせいなんかじゃない。そして問題はそれだけじゃなく――。「……穂高さんはどうして、実家について訊ねてこないのか」 俺が口を割らないと、イジワルなことをしてでも絶対に問いただす彼だからこそ、実家について何も聞いてこないことが、逆に不自然に思えてならなかった。 穂高さんがそれに対してまったく興味を抱かないからなのか、はたまた既に知った事実だから聞く必要がないのか――どっちにしろ、話し合いをしなければいけないのは避けられない。 気の重い話題だけど顔をつき合わせたときにでも、思いきって話をしようと考えた。